『夏休みの宿題』をみんなでぶっ壊す! 後編(全2回)

教育・学習

みなさん、こんにちは。みなちかです。

前回の続き、後半になります。前半をまだお読みになっていない方は、前回の記事を是非先にお読みください。m(_ _)m  過去記事↓

誤解無きように最初に断っておくと、みなちかは『夏休みの宿題を0にしろ』と言っているのではありません。

今のような形の『夏休みの宿題』ならばあまり意味が無いのでは?と言っています。だったらやめるべきだと。

令和の時代にあった『夏休みの宿題』を今一度考え直すべきだと提案しています。

『夏休みの宿題』をみんなでぶっ壊す! 後編(全2回)

『夏休みの宿題』を何故ぶっ壊す必要があるのか?

前回私は、 まず宿題を出すより先にその『宿題の意義と意味』を生徒達にしっかり伝え、その『宿題に最後まで責任を持つべき』なのではないかと言いました。

これはどういうことかというと、例えば小学生や中学生は作文や読書感想文などの宿題が出されます。

小学校の先生は担任がほぼすべての教科を担当するので作文は割と読むみたいですが非常に大変だそうです。

提出が新学期始まってからなので、新学期の忙しい通常業務をこなしながら合間や業務終了後(家に持ち帰りもあり)に作文を読むことになります。

中学校の先生は国語の先生として複数のクラスを担当するわけですから1学年例えば150人いるとすればその人数分の大量の作文に目を通すことになります。

当然、他の業務が忙しく、読むことが出来ない場合もあるでしょう。やむなく流し読みやハンコだけ押すなどの処理になってしまうかもしれません。

中には本を読んで一生懸命書いた生徒もいるでしょう。書く生徒も大変ならば集める先生も相当大変です。これでは宿題の意義が薄れるような気がします。

また、 小学校の宿題で夏休みの『ドリル』が出ます。

国語や算数がひとまとめになっていて、宿題としては出しやすいでしょう。しかし、そのドリルを誰が責任をもってチェックするのか。

学校の先生は夏休み後やったかどうかをチェックするだけで中身はほぼ見ませんし、できない問題の解説などはほぼやりません。

現状、宿題を出す側としても回収した後が問題なのです。夏休みという期間は1か月です。1か月分の宿題となるとある程度の量を宿題にせざるを得ません。

出すだけならば簡単です。しかし、生徒達の学習に関して考えるならば『大切なのはむしろ、それをやり切った後』なのではないでしょうか?

夏休みの宿題』で家庭の雰囲気がぶっ壊れる場合もある

小学生の宿題などは分からない問題が出ると普段は先生に聞くことが出来ます。しかし夏休みの宿題は先生が教えることが出来ません。

では、できない問題は誰が教えるのか?多くの家庭ではでしょう。

そして、多くの家庭では『あんたこんな問題もできないの!!!』みたいに子供と『格闘』しながら教えることになります。

自分で〇つけをする子もいるかもしれません。しかし、親が教えられない問題もきっと出てくるでしょう。であれば、塾に助けを求めればよいのでしょうか?

塾に行けない生徒はどうするのでしょう?本当にこの課題は子供達にとって正解なのでしょうか?? せっかくの楽しいはずの夏休みに、学校で出された宿題が家庭の雰囲気をぶっ壊します。

これでは、学校で課題として出す意味を見出せません。

『夏休みの宿題』で学力が全く上がらない場合もある

中学校の宿題で言えば、うちの子が通っていた中学では、数学の課題で同じような計算問題ばかりがプリント10枚ほど出ていました。答えは無いそうです。

その理由は『答えを渡すと答えだけを写すから』だそうです。なるほど、それはそうかもしれません。

生徒が何時間もかけて必死に10枚のプリントを終わらせて先生に提出します。その後、先生はニコニコマークのハンコをポンと1つ押して終わりでした。先生が丸つけをするわけでもありません。

生徒達はどこが間違っていたかも知ることなくこの課題は終わりです。この宿題に、はたして何の意義があるのでしょう。

『宿題を出すならば、出した先生が最後まできちんと責任を持ってほしい』

『課題を出すならば、責任もって何かしらのアドバイスをしてあげてほしい』とも言えます。

それが不可能ならそんな宿題は出す必要が無いとはっきり言えます。

今の世の中に全くそぐわない昭和時代の悪しき風習

今はツイッターやインスタなどSNSで投稿すると「いいね」が付いたり、すぐに反応が返ってきます。自分が行ったことに対するレスポンスは昭和時代の何百倍も速くなってきています。

現代は少なくとも上記のような『レスポンスのない一方通行の時代』ではないと私は考えます。

一昔前は『ゲームなんて何の役にも立たないから勉強しなさい!!』と親は子を叱りつけていました。しかし、今はどうでしょう。

eスポーツという分野が生まれ、頂点のプレーヤーは賞金1億円を手にすることが出来ます。1億円と言えば一般の人が30年間必死に働いてやっと稼ぐ金額です。

ゲームの実況を行っているユーチューバーは持っている学力にあまり関係なく、ゲームの腕さえあれば何千万というお金を稼ぐことも出来ます。子供にゲームの才能が本当にあるならば勉強なんかやらせずにゲームばかりやらせていてもいいくらいかもしれません。(健康のことは勿論考えた上でですが…)

新しい『夏休みの宿題』の提案

文句ばかり言っていても始まらないので、ここからは『みなちか流の提案』を書きます。

例えば私が小学校の先生ならば、ドリルで子供が苦労した問題やできなかった問題を親がラインで先生に送って、多くの生徒が躓いた問題を2学期が始まったら授業します。

例えば私が中学校の先生ならば、そもそも同じような計算問題ばかり10枚などというバカげた課題は出しません。出しても3~4枚です。

終了したらラインで苦労した問題やできなかった問題を先生に送ります。2学期の授業初回はみんなで〇つけ&躓いた問題の解説大会です。躓かなかった生徒が前に出て難しい問題の解説をしても良いでしょう。やり方次第で授業が盛り上がると思います。

何故、2学期が始まったらではなく『事前にライン』を使うかというと、理由がちゃんとあります。単純な話です。

子供達はできなかった問題をあっという間に忘れます。2学期が始まってからだと『あれ?わかんないとこどこだっけなー?、わかんない所がどこだかわからない!』ということに必ず、か・な・ら・ずなるからです。経験上よーーーく知っています。鉄は熱いうちに打つべきなのです。

ラインを送れる環境のない生徒も出てくるかもしれませんがあまり多くはないと思うのでそこは登校日や日程を調整してそういう生徒のために夏休み中に『質問を聞く日』を1日作れば済みます。

『来年からうちの学校は夏休みの宿題を一切出しません!』

こういう学校が出てきても面白いと思います。勿論公立の小・中学校で。ただ宿題がないということでは納得しない&心配する親御さんも出ることでしょう。

私ならば宿題が無い代わりに夏休み中に学校を7日間程度あけます。その7日間の間にみんなで夏休みの宿題をやります。親も一緒に参加してもいいでしょう。わからないところは先生がいるので、すぐに聞くことが出来ます。夏休みに授業してはいけないということはおそらく無いと思うので、冷房等の設備がそろっているところならばできるんじゃないかと思います。

新学期に提出されるものが無ければ、先生もスッキリ新学期の準備に集中できます。子供達も夏休みの宿題が原因で親とけんかしなくて済みます。何となく頭の片隅に宿題のことが引っ掛かったまま遊びに行くこともなくなります。

最後に

私が教えている塾では学校から出される夏休みの宿題のチェックやわからない所の質問を毎授業受け付けています。たくさんの生徒が質問を持ってきます。本来これは塾が行うべきものではないのかもしれません。

しかし、目の前で『わからない』と困っている子供を無視することなど、人として当然できません。答えこそ教えませんが、答えにたどり着くまでのヒントや学習法を一人ひとりに毎日アドバイスしています。

平成から令和に変わった現代において、公教育がいまだに昭和であることが残念でなりません。変わっていけるように私も微力ながら批判だけではなく、献身的な意見を出し続けていきたいと思います。皆さんはどう思いますか?

是非、意見を聞かせてください^^

では、また。

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