とあるアイドルの女の子が入塾した時の話 その②

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みなちか
みなちか

みなさん、こんにちは。みなちかです。

本日は、昨日の続きのブログになります。

アイドルの卵として育てられたえりなさんに一体何が起こったのか。

大人達の思惑とは別のベクトルに動いていく子供の強い意志。

私が提案した道は果たして最善策なのか。

さて、結末やいかに。

その①をまだご覧になっていない方は、まずはこちらをお先にどうぞ。↓

とあるアイドルの女の子が入塾した時の話 その②

アイドルの女の子に異変

出会って丁度1年が経とうとする頃だった。えりなさん(仮名)は中学3年になり、塾にもすっかり慣れ、先生も周りの生徒もみんな塾の中では彼女のことを『えりな』と呼ぶようになっていた。

ふと、電話が鳴る。外部からの電話は私がいる場合、基本私が取るのがルールだ。

『お電話ありがとうございます。○○塾です。』私はいつものように出た。

『安田です。ちょっとご相談が…』 か細い母親の声 。以前よりか細い。私はすぐにその日に面談を設定した。ただしその日えりなはレッスン日なので帰りは夜中になるとのことだった。

『何時まででも待ちますよ。』私はそう伝え、講師を全員帰宅させて一人教室で待っていた。

夜中の1時ころ、1台の白いワンボックスの車が塾に入ってきた。いつもの安田さん家の車ではない。車の中から母親とえりな、それと見たこともない男性が出てきた。父親か?とも一瞬思ったがそれにしてはちょっと若い感じがした。

「こんばんはー、遅い時間にすみません。」男性が玄関で声を出す。私はすぐに玄関に行き、ドアを開ける。いつもならニコリと笑ってくれるえりなが肉体的にも精神的にも疲れているのか今日はずっとうつむいていた。

「こんばんは。教室長の○○と申します。今日はお忙しいところありがとうございます。」私は初対面の男に対して自己紹介を簡単に済ませ、3人を面談室にエスコートした。

「申し遅れました。私○○カンパニーの○○と申します。えりなたちのグループのマネージャーをしております」男はそう言って名刺を差し出した。年は30歳前後、黒淵の眼鏡をかけていて紺色のスーツを着ている。割とまじめそうな感じの男性だ。なるほど、マネージャーか。

「よろしくお願いします。それでどうしましたか?」えりなの疲れ具合を見ると早々に話を終了させて家に帰した方が良いと感じたのですぐに本題に切り込んだ。

「はい。実はえりながグループをどうしても抜けたいと言っているのでちょっと困っていまして…話し合いはこれまでもしてきているのですが…」マネージャーは矢継ぎ早にそういって私を見た。私は驚いた。えりなは私との会話の中でこれまでグループを抜けたい様子など微塵も出していなかった。どちらかというとグループで『今日はこんな楽しいことがあった』という報告ばかり聞いていたような気がする。そうか、我慢していたのか…。

「話が平行線なので、相談できる人はいないかと探しましたところ、えりなが今一番信頼している人がここの塾の先生の○○先生(私のこと)だと言うので今後のことをちょっと話したいなと思いまして、今日来たんですよ。先生すみません。こんな時間に。」

マネージャーにこう言われ、私は驚きとうれしさとそれと同時に今大変な責任を負っていることに気づいた。勿論アイドルのことなど微塵もわからない。どんな結論を出したとしてもここにいる全員が納得する答えは得られないような気がした。しかし、えりなの信頼には何とかして応えたいという思いがあることも事実だった。

「すみません。まずは、えりなと2人だけで話をさせてもらってよろしいですか?お二人は隣の教室で10分ほどしばしお待ちください」生徒と母親の意見が食い違う場面はよくある。大半は生徒の我儘なのだが、生徒の経験値からくる生徒の思考は『最高でかつ最大であり、母親の意見に絶対に勝るもの』と信じているのである。

こういう場合は、生徒と親、一人ひとり別々に話を聞いた方が結果的に早く解決するケースがある。母親と娘の場合は特にそれが顕著で、思考が全く逆の方を向いていることも多い。思考が逆を向いている場合、当人同士話し合っても100%纏まることがない。ほとんどが毎回けんかをして終わりだ。

しかし、 生徒と親、一人ひとり別々に話を聞いて、その上で間に私が入ることによって『2人の話題の中心点はココですよ』と示すことが出来る。そして、その中心に向かって2人の意見を寄り添うようにしていけば纏まるケースも多々ある。

えりなに話を聞き終わり、えりなを隣の教室に移し、次に大人達2人と面談室で話をした。えりなは私と話をしている時に終始泣いていた。いつも、天使のような笑顔をふりまく彼女の面影は残念ながらそこには無かった…

アイドルの女の子が出した結論

えりなと大人達、意見をまとめると大体こんな感じだった。

【えりな本人の言い分】

  • とにかくグループをすぐにでも抜けたい。(前回書き忘れたが5人グループ全員女子で最年長であるリーダーはこの時20歳)
  • 最年少ということもあって、大人が見てない所、特に練習中や練習後の他のメンバーからのいじめや嫌がらせが酷い。
  • 練習をしてもダンスが全くうまくならず皆についていけない。
  • 塾に入ったことで勉強することが楽しくなった。もっと勉強したい。
  • 前に行きたいと言っていた高校にはすでに行きたくない。進学校のA高校にできれば行きたい。

 【大人達の言い分】

  • 6月にはデビューイベントを行う予定なので今抜けられても困る。
  • いじめがあるのは分かっていた。当事者達にきちんと注意もしている。
  • ダンスは確かに上手ではないが、センターで特に踊るわけではないので問題ないレベル。
  • 勉強は以前に比べ格段にするようになった。本人も楽しいと言っている。
  • 高校に関しては入れるところに行ってくれればいい。仕事の都合上全国を飛び回る可能性もあるので、おそらくそんなには通えない。

簡単に纏めるならば、本人は『アイドル活動をやめて勉強して、進学校に進みたい』大人達は『勉強はあまりやらなくてよいからアイドル活動を続けてほしい』ということになる。

やはりほぼ正反対か。先ほども言ったがこういう状況の時には第三者を入れない話し合いは無意味に等しい。マネージャーは『話し合いはこれまでもしてきている』と言っていたが、なかなか纏まるわけがなかろう。なんにせよ第三者を入れるのは正解である。

さて、中間点はどこか。『アイドル活動を続けながら進学校に行く』ということになるのか。その手段をどうすればよいのか探るというのか。はたしてそれは可能なのか。というより、あまりにも非日常的な案件なのでさすがの私も考え込んでしまった。この時、午前2時をすでに回っていた。

もう一つ大きな問題があった。えりなはA高校に行きたいと言っていたが、合格は難しいかもしれない。偏差値的には今は達していないが、今後おそらく到達できる可能性は十分ある。ネックになるのは、中学校の出席日数だけだ。

A高校は私立高校であるが、進学校である。私立高校は進学校であればあるほど、出席日数に関してはシビアになる傾向がある。高校からは真面目に通うからと言ったところで中学校の出席日数を変えることはできない。(皆勤する必要は勿論無いが、中学校での出席日数は普通の高校に行く最低条件の1つであることは肝に銘じた方が良い)

えりなは中学校3年生になってからまだ学校を1日も欠席していない。このペースで行けばもしかしたら通るかもしれない。

などと皆で話しながらずっと考えていたら午前3時を回ってしまった。さすがに皆次の日に響くので、その日は解散ということにした。次の日曜日の午後8時に皆でもう一度会う約束をした。

日曜日、再度の面談で私は次のような提案をした。

  1. えりながアイドル活動を続けていくために、練習では会社の人間、もしくは保護者が練習ルームに入って常にいじめを監視する。(通常、会社の練習ルームに保護者は入れない)
  2. 受験のために学校に極力休まずに通う。仕事も学校とかぶりが無いところを中心に入れる。
  3. 練習が長引きそうになる場合、次の日の学校に支障がない範囲で練習する。
  4. アイドルを続けながら上位の進学校に通うということは、授業についていけなくなるなどの問題も起こり、精神的なストレスの原因になる可能性が高い。よって、学校のランクを少し落とす。

私は、さんざん考えた挙句、えりなにはやはり芸能人でいてほしいと思った。誰もがなれる仕事ではないし、芸能人でいることがえりなにとってプラスになることが今後もきっと多いだろうと思ったからだ。勉強は後で取り返すこともできる。そう思った上での結論だ。

今これを書いている時点でもこの提案があっていたのか、間違っていたのかわからない。三日三晩考えた上での結論だったが正直自信はなかった。

意外にもマネージャーはすんなりと全てをのんでくれた。そしてえりなも『それでいい』と言ってくれた。マネージャーとしてはえりなが芸能活動を続けてくれるのであれば、ある程度の条件はのまざるを得ないことは分かっていた。母親は、この時すでにえりなの好きなようにさせてあげたいと考えていたようだ。『えりなの気持ちに任せたい』と言っていた。

アイドルの女の子との別れ

こうしてアイドル活動と受験勉強が始まった。学校は残念ながら少し休んでしまったが、塾にはほとんど休まずに通った。

えりなの芸能活動に関しては私はあえて情報を得ないようにしていた。今のようにスマホなど無い時代だったので情報を得るためにはテレビや雑誌を使って調べる必要がある。しかしそれはしなかった。

例え芸能人でアイドルであったとしても、他の生徒と同じようにうちの塾の大切な塾生の一人なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。特別扱いはしない。それが、その時の私の教室長としてのポリシーでもあった。『来てくれた生徒に平等に全力指導』それのみだった。

受験も無事終わり、えりなは希望の高校に合格した。うちの塾は高校部がなかったため、えりなとは『お別れ』ということになる。

「先生今までありがとうございました。」母親と一緒に最後のあいさつに来た。ニコリと笑ってえりなは色紙を私に差し出した。

「私のサイン。先生もらって!」と言って私の手に色紙を渡した。新しく考えたデザインのサインだそうで、私が第1号だそうだ。断る理由もないのでありがたく頂戴した。

「バイバイ!先生!」そう言って天使が教室から去っていった。講師達は皆非常に残念そうにしていた…

色紙はしばらく塾の講師室に飾っていた。しかし、私は海外留学のため程なくしてその塾を退職してしまったためその色紙がその後どうなったのかわからない。

退職して2年くらいたったある日の午前4時頃、ふと家でテレビをつけると、聞いたことがない歌が流れた。何気なく見ていると見覚えのある顔がそこにあった。えりなと書かれたTシャツを着て元気よく歌っている彼女がそこにいた。

「がんばれ。えりな。」その時心の底からそう思った。

後にも先にも彼女を画面で見たのはそれきりだ。私自身昔からあまりテレビを見ないので彼女達が人気があるのかどうかはさっぱりわからなかった。

ただ、天使のようなあのキラキラした笑顔は私の記憶の中に今でもある。それだけははっきりしている。

※この物語はすべて事実に基づいて書いております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

では、また。

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